【杜鵑草-秘めた想い-】



 秘めた想いは蛍火のようで。

 私の刻が無くなるその瞬間まで焦がれていたい。

 呪われたこの身は未だ鎖に繋がれたままーー。

【杜鵑草-秘めた想い-】

 零騎隊屯所の地下牢は深夜を過ぎても男の悲鳴が聞こえてくる。
 冷たい階段を降りながら、菖蒲は数枚の書類を持って目的の場所へと急いだ。

 堅牢な牢屋の奧、暗く冷たいソコには鎖に繋がれた浪人が血を流して荒い呼吸を吐いていた。菖蒲に背を向けた形で男を見下ろすのは、彼女の上司であり壱番隊隊長の神宮寺 巽。壁際には壱番隊隊士が数人控えている。

「失礼します。隊長、総隊長がお呼びですわ」

 菖蒲の声に気づいた巽は返り血一つ浴びずに涼しい顔で振り向いた。

「急ぎの用か?」
「はい。こちらをご覧くださいませ」

 持ってきた書類を渡すと巽は素早く目を通し眉を寄せる。そこには火急の要件が書かれてあった。

「これは急いだ方がいいな。菖蒲こっちは任せた」
「わかりました」

 薄く微笑む菖蒲に巽は浪人に軽く同情を覚えながらも、控えの隊士に二言ほど指示を出しその場を後にした。


 巽の背を見送り菖蒲が浪人の方へと近づくと、男は下卑た笑いを上げた。
「綺麗な嬢ちゃんじゃねえか。俺が吐かないからって今度は女の身体を使って気持ちいい拷問でもしてくれんのか?」

 女のしなやかな肢体を上から下まで舐めるように見てこれからの事を想像し舌舐めずりする浪人に、菖蒲は目線を同じくするように中腰になり、男の目を見て嫣然と微笑んだ。

「生憎、私はそこまで優しくありませんわ。まあ、人によっては気持ちがいいのでしょうけど」

 懐から小刀を取り出して男の左耳へと近づける。

「聞いていますわよ、貴方方が総隊長の殺害を目論んでいたのを。…ね、そんな大それたことを吹き込んだのは誰ですか? 教えてくださいな」

 女の薄紫色の瞳が妖艶に光った。
 男は顔を上気させながらも己の欲望を抑えるように笑った。

「へへへっ、そんな優しい脅しで口を割ると思ってんのか? どうせ【お嬢様】は人を傷つけることすら出来ないだろ」

 浪人の言葉に菖蒲の顔から微笑みが消えた。くるりと小刀を逆手に持ち替えると何の前置きもなく小刀を左耳に勢い良く振り下ろした。

「ぐあぁぁぁっ!」
 
 血飛沫が上がり男が悶絶する。
 妖美を漂わせた女が小刀を右眼へと近づけた。

「本当に馬鹿な男ですわね。拷問部隊隊長から代わりを任された女が、人一人殺せない女だと思っていますの? …毎回毎回このやり取りにも飽きますわね」

 菖蒲が拷問を担当すると、決まって浪人達は彼女をただの女だと侮る。美しい姿態を使って口を割らせるのだと思い込む。

「さて、このまま黙りを決め込むのなら次は眼を抉りますわよ。次は鼻、指、腕、脚…勿論死なない程度ですけど、生きたまま切断されるのはとても痛いでしょうね」

 暗い牢屋の中で冷酷に、それでいて嫣然と輝く瞳が男を射抜く。菩薩のような美しい女が一転、羅刹女に堕ちたような錯覚に男は陥った。

「…でも、ちゃんと教えくださるなら。解放してさしあげますわ。私が優しく介抱してさしあげます」

 羅刹に堕ちた女の何と美しいことか。優しく愛おしそうに男の顔をその腕に包み込み右耳に甘く囁きかける。

「ご褒美も、あげますわ」

 追い打ちとばかりに、女の唇が妖しい微笑みを浮かべた。

「ぁ…俺らに協力してくれた奴は…」

 男が小さな声で名前を口にした。女は満足そうに頷き男から手を離す。
 壁際に控えていた隊士に目配せすると、隊士が一人駆けつけた。

「殺していいですわ」

 一言そう告げた彼女の瞳は凄絶な色をしていた。



 お姉様の傍に居られるならどんな汚ない事でも手を汚そう。
 心を凍らせて冷酷にもなろう。


 全ては、貴女の傍に居たいから…。



* * *

 地下牢から出た菖蒲は気怠そうに息を吐いた。浪人の返り血が全身に纏わり付くように臭う。

 早く湯を浴びたいと急ぎ足で風呂場へと目指すと、後ろから自分を呼ぶ声がした。
 振り返ると地下牢にいた壱番隊隊士の一人、烏羽 鷸(からすばしぎ)が人懐っこい笑みを浮かべて立っている。

「副隊長、お疲れ様でした」
「…? どうかしたのですか」

 何かあったのだろうかと訝しむと彼は更に笑みを深めて菖蒲へと近づく。

「いえね、前々から副隊長に訊いてみたかったことがありまして」
「何ですか?」
「なんで副隊長って壱番隊に属しているのかなーっと」
「……」

 この類の質問は嫌という程聞かれたことがある。毎回適当にあしらったり濁したりしているが、鷸にそれが通用するのか。

(通用しなさそうですね)

 確信はないが鷸に嘘は通用しないように思える。彼の微笑みが嘘を許していない。

「…入隊の際に隊長が壱番隊にと、総隊長に進言されたのが切っ掛けですわ」
「は?」

 意外な返答だったのか鷸が驚いたように口を開けている。

 嘘は、言っていない。
 入隊試験の際に巽が菖蒲を見て、蓮に自分の隊にしろと言ったのだ。蓮は拷問専門部隊という事で渋ったが、最終的には承諾した。
 当時菖蒲はある事件で蓮と生き別れており入隊試験の時に姉と再会したのだ。それを神宮寺兄弟、特に巽は訝しんだ。徳川二ノ姫を騙り蓮を始末しようとする偽物ではないかと。
 だから巽は壱番隊に菖蒲を置き、監視役となった。その後祖母が誤解を解いた為、蓮の側に居続ける事が出来たのだが。

「へぇー、二人ってそんな仲だったんだ」
「へ…え?」

 鷸の言葉に今度は菖蒲が口を開けることとなった。どうやら鷸はいろいろと勘違いをしているようだ。

「なーんだ、もう相手がいたんだ。ちぇっ残念」
「な、ななななな何が残念なんですか!?」
「俺、副隊長のこと狙ってたから」

 サラッととんでもない事を言う鷸に珍しく菖蒲は狼狽えていた。

「ち、違いますわ! 私と巽さんはそんな関係じゃありません!!」
「え、嘘っ、本当!?」
「嘘もなにもーーきゃっ!」

 強引に手を握られて顔が近づく。端正な甘い顔立ちの鷸は隊長格に引けを取らない程色男であり、菖蒲を赤面させるには十分な艶を持っている。

「ねね、特定の男がいないなら俺なんてどう? 損はさせないよ」

 血の臭いがするにも関わらず菖蒲の髪に指を絡ませ唇を寄せる。

 そんな仕草でさえ色っぽく見える鷸に菖蒲はたじろいで手を振り払った。

「わ、私にはお慕いしている方がいますのっ!!」

 真っ赤になって脱兎の如く菖蒲は逃げていった。

「……」

 振り払われた鷸はポカンと立ち尽くし、ついで爆笑した。

「ふっ、はははははっ! なにあれ、あんな反応はじめてなんだけど!!」

 自分の容姿に自信のある鷸は女に振られた事なんて一度もなかった。そこに立っているだけでその美貌に女が擦り寄ってくるのだ。

 自分の野望の為に手始めに菖蒲を垂らしこんでやろうと思っていた。本来は総隊長である蓮を手篭めにすれば一番楽なのだが、如何せん鷸の苦手な性格だった為、菖蒲に矛先を変えたのだがとんだ乙女だった。

 普段は柔和で物腰も柔らかく優しい少女だが、壱番隊にだけ見せる拷問時の姿はそれをひっくり返す程、残酷で美しい姿を見せる。
 そっちが素かと思えば、どうやらそれも違うようである。

「俺と同じ匂いがしたんだがな」

 血の臭いを纏わせて冷酷に微笑む菖蒲はとても俺好みだったのにーー。

 残念そうでいてとても嬉しそうに、鷸は笑った。


* * *


 息を切らせながら走った菖蒲は庭にある池の横に倒れるように座り込んだ。池の周りには杜鵑草(ほととぎす)が咲いている。

「な、何だったのですの、あれは」

 息を整えようと深呼吸をして落ち着かせる。
 今まで菖蒲に言い寄ってくる男は沢山いたが、あんなに色っぽい男に言い寄られたのは初めてだ。
 不覚にもくらりといってしまいそうだった。

(く、悔しいですわ。綯凜さん意外の男性に胸が騒ぐなんて。……綯凜さんに会いたい…って、私はなんて事を思っているんですのー!?)

 自分がこんなに重症だったとは。が、綯凜は会いたいと思った時に会える人物ではない。気まぐれな彼は菖蒲から手を伸ばしても届かない。

「……虚しいですわ」

 自覚すると虚しさが広がっていく。思わず涙が滲んできた。こんなにも自分は想っているのに。
 

「あれ、こんなところで何してるの?」

 ふと、頭上から会いたくて余らない人の声が聞こえた。

「ーーっっ!?」

 顔を上げると月夜に照らされた綯凜が、そこにいた。

「え、もしかして菖蒲、泣いてる…?」

 菖蒲の瞳から大粒の涙が溢れる。困った顔の綯凜にふるふると首を振りながら必死で涙を拭った。

「と、綯凜さんこそ、どうしたのですか?」

 涙声の菖蒲に心配しながらも綯凜は手でゆっくりと彼女の髪を撫でる。菖蒲の周りから臭う血に目を細めた。

「んー。何となく、吸い寄せられて来ちゃった」

『何でだろうね?』と言いながら髪を撫でる綯凜。
 困り気な瞳を見つめながら、菖蒲はこの時が止まればいいと思ってしまった。

 嬉しくて、それでいて切ない。
 俯いて泣いている時程、こうやって助けてくれる。
 それでも私から手を伸ばすとするりといなくなる。
 とても気まぐれな人。

 胸が苦しい。
 こんなに好きなのに。
 貴方はーー。

「よいしょっと」
「へっ!?」

 何の断りもなしにいきなり綯凜が菖蒲を抱きかかえた。所謂お姫様抱っこだ。

「と、とと綯凜さんっ!?」
「はは、菖蒲真っ赤だ」

 慌てる菖蒲に綯凜は何事も無いように笑っている。

「菖蒲仕事終わりでしょ? だから風呂場まで連れて行ってあげる」
「え、ええっ!?」
「前みたいに殴らないでね?」

 以前あった【色街騒動】を思い出して綯凜が笑う。
 穴があったら入りたい気分で菖蒲は何も言えなくなった。



 貴方が手を伸ばしてくれる度に私は貴方を何回でも好きになってしまう。
 貴方の傍に居たいと、思ってしまう。

(好きです。
 貴方が好きなんです)

 秘めた想いは貴方だけにーー。






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